Foreign LGBT Films

*私が見た映画の中から「高校生以上なら誰が見てもいいのではないか」と思うものを紹介しています。
*参考 <http://www.imdb.com>
*私のエッセイとレポートの紹介。
*最近のLGBTと「性教育」に関してのアメリカと世界のニュース
2006年シアトル・レズビアン&ゲイ映画祭(英語のサイト)→ 私個人の選択により映画のあらすじを日本語訳
関西クイア映画祭のサイト、日本語字幕付きの映画の貸し出しも行っています。

Outcasts (アウトキャスト:中国、 1986年)

これは中国で最初のゲイの映画で、80年代に作られ、台北で最初のゲイのナイト・クラブがオープンした話が中心です。時代は古いですが、時代が代わっても「家族とは?」、「セクシスト」、「ホモフォヴィア」など考えることは、たくさんあることがわかります。ゲイである故に家を追い出された少年たち(4人)が、ヤンという優しい(ゲイの)写真家に助けられて一緒に暮します。彼は自分なりの「家族」を作ろうとしているのです。大家さん(女性)も彼を助け、一緒に台北で最初のナイトクラブを開きます。その成り行きと、彼らの生活が中心ですが、その中の一人、アー・チン(Ah-Ching)の子ども時代と父、母、弟との繋がり、彼の恋愛がサイド・ストーリーとして描かれています。(INFO)
[2007年12月11日変更]

I ‘ll Love You Forever …Tonight (今晩永遠に貴方を愛す…:アメリカ、 1992年)

この映画は珍しく白黒でした。それはリアリティ(現実)を表すのに役に立っているかもしれません。
イーサン(27歳)はLAに住んでいる写真家。「愛とかコミットメントは必要ない、一晩誰かを見つければよい…という生活をしています。(カバーによるコメント)」でも、画面を見ていると本当はそうでない感じがします。そういうものを望んでいるのだけど、あきらめているというか、どうしたらいいのか分からないというか…。それはお父さんとの電話での会話にも現れています。イーサンのベスト・フレンドであるデニスは大学の友だちの集まりだとしてパーム・スプリングにイーサンを誘いますが、スティーブという「うり専」らしい彼の相手の男性も連れていきます。大学時代の友人が持っているパーム・スプリングのプール付きの家で三人は他の二人と落ちあい、デニスはその一人にイーサンをくっつけようとします。その週末のできごとがこの映画のストーリーです。実のところはイーサンはデニスに魅かれており、しかし、デニスはイーサンの気持ちには気付くこともなく、彼を利用するのです。そしてイーサンはグッド・ハートを持っています。つまり良心的な人です。そういう彼が幸せになれないという現実。カバーによるとこれは「ゲイの砂をかむ、ざらざらした人生の一面だ」そうです。

[2007年11月22日]
春、トランスジェンダーに関するドキュメンタリー映画を翻訳して以来、LGBTの映画をしばらく見ていませんでした。久しぶりです。

Echte Kerle (Regular Guys, レギュラー・ガイ:ドイツ、 1996年)

ドイツのコメディ。主人公はクリストフという、キンゼイ・スケールでいうと完全にヘテロ・セクシュアル(異性愛者)とは言えないかもしれない、刑事です。ある日突然フィアンセにふられて、放り出され、行くところがなくなったクリストフは、バーに入ります。そこで飲み、酔った彼を、エドガーが自分の家に連れて帰ります。エドガーのベッドで目が覚めたクリストフはびっくり。エドガーの服を借り、急いで仕事先に連れて行ってもらいます。クリストフはマイクとヘレンという二人の同僚と張り込みを続けています。彼らとはうまくいっているのですが、帰る家のないクリストフはエドガーの家に住まわせてもらいます。エドガーは盗難車を修理、塗り直して売る仕事をしており、ボーイフレンドもいるのですが、クリストフが気に入るのです。しかし、てんやわんやの後で、話の結末は思わぬ方向に・・・。古い映画を見ると、その描き方や社会背景が変わってきていることに気付かされます。

[2006年11月22日]

No se lo digas a nadie (Don’t Tell Anyone、誰にも言わないで:ペルー、1998年)

ずっと若い頃「みどりの壁」という映画を(日本で)見て以来の珍しいペルー映画。強いカソリック文化に抑圧されているペルーのゲイの物語。これはペルーのトーク・ショーのホスト、Jaime Baileyの自伝をもとに作られたそうです。アメリカのゲイ映画なら普通に出てくるゲイバーさえ出てきません。とにかく、ゲイの人たちが見えず、モデルもなく、出会いの場所もありません。その上、おとしめられ、差別されているのです。これでは、LGBTの子どもたちが困るのは必須です。

ヨアヒムはリマに住む上流階級の子ども(一人っ子)ですが、自分のセクシュアリティに関するできごとに随時対処しなくてはなりませんでした。中学生のころ、野外キャンプで寝られなく、隣の男の子の裸の体に触ります。すると、その男の子が目を覚まし、彼をどなりつけます。ヨアヒムは「誰にも言わないで」と頼むのでした。(これがタイトルになっています。)このように彼は小さいころから自分が男の子に魅かれるのを感じてきましたが、誰にも言えません。ティーンになると、父親はヨアヒムを「男らしく」育てたく、ボクシングをさせたり、狩りに連れて行ったりしたがります。高校までは勉強もできましたが、大学生になると、ますます自分のセクシュアリティと現実の狭間でマリファナ(その後コカイン)に溺れるようになります。女の子とも付き合いますが、セックスがうまくいきません。ヨアヒムは隠したいわけではないのですが、ゲイの存在が全く不可視なのです。そんな中で、何人かの友だち(?)と出かけた夜、たむろしているトランスジェンダーの一人を、その一人の友人がたたきのめします。

それからヨアヒムは、「ガールフレンド」とダブル・デートした時ゴンザロと知り合い、彼がゲイ(かバイセクシュアル)であることを知り、関係を持ちます。ゴンザロはしかし、相手の女性と結婚するところで、ヨアヒムにも自分は結婚して、子どもを持って、家庭を築くつもりだと言います。そんなゴンザロにヨアヒムは「ドラッグは止められても、男との関係は生まれつきでかわらないだろう」と言い、ゴンザロのフィアンセに事実を告げます。ある日両親にもカミングアウトします。しかしヨアヒムはコカインに溺れ、それが元になる事件のためマイアミに逃げ出し、そこでしばらく貧しい生活をします。ある日バーで偶然リマの元のガールフレンドに会います。彼女はヨアヒムに、リマの様子を伝え、帰ってまた弁護士の資格を取るように励まします。

最後はヨアヒムはリマに帰り、法科を終って弁護士になります。卒業式にはちゃんと両親も来て彼を祝ってくれます。ヨアヒムと「ガールフレンド」の婚約の?パーティで、ヨアヒムはゴンザロに会います。彼は結婚もせず一人でいました。そこで映した家族友だちの記念写真が先を暗示しています。

[2006年11月22日]

The Broken Hearts Club: A Romantic Comedy (失恋クラブ:ロマンチック・コメディ、アメリカ、2000年)

  ゲイの男性でつくられた、ソフトボール・チームの生活と友情の物語。西ハリウッドのオアシスのような家に、有望な写真家デニスが住んでいます。 彼は28回目の誕生日のケーキを準備したとき、「友だちが今までに私の人生で最良のものか、最悪のものか判断できない」と悲しみます。そこで「まだ遅くないよ」とケビンがローソクに火をつけてくれます。ケビンは新しいメンバーで、自分のセクシュアリティに困惑している状態です。
 ほかの登場人物は、体育系ボディーの好みをもっている純潔なベンジー、人生は多くのことがあるのに短か過ぎると考える心理学大学院生のハウイー、なぜかみんなのパートナーを横取りし続けるカリスマ的な俳優のコール、シニカルなパトリック、そして現在まで長く続いている相手との関係にプライドを持っているドラマクイーンのテイラー。 賢明な助言と定まった仕事を提供するのは、レストランを経営するジャックで、そこはみんながくつろげる最良の場所でもあります。メンバーが悲しみに襲われる時、彼らの友情は・・・?
 恋愛の相手は、一夜しか続かない場合もあるけど、友情は自分の出方次第で、大きなサポートになるという話。

[2006年11月7日]

Love Story: Berlin 1942 (1942年のベルリンでのラブ・ストーリー :イギリス、1997年) ーードキュメンタリー

軍人の夫を持ち、4人の息子を生んでドイツの偉大な母のメダルももらい、 ”国民的”モデルであった、リリー・ウスト(Lily Wust)は、自分が恋に落ちるとは決して予想していませんでした。 それも、フェリス(Felice Schrader)という20歳の女性に。フェリスはユダヤ人としてのアイデンティティを隠し、地下活動をしていました。リリーは自分が知っていた自分すべてに挑戦しました。このドキュメンタリーはリリーとのインタビューと(当時82歳でベルリンに住んでいましたが、この映画のあと亡くなりました)、地下活動を通してフェリスを知っている元の仲間の話で進みます。このドキュメンタリーで、あなたは、二人の勇気と情熱、およびロマンチックな永遠の愛について考えさせられるでしょう。<<2006メイン州ユダヤ人映画祭より>>

二人の話をもとにして、下に紹介する「エイミーとジャガー」という映画が創られました。「エイミーとジャガー」はスタイリッシュすぎましたので、私はドキュメンタリーのほうが自然な感じで好きでしたが・・・。
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Aimee & Jaguar (エイミーとジャガー:ドイツ、1999年) ーードラマ

 

ベルリン1943/44(「ベルリンの戦い」)。 知的で勇敢なユダヤ人の女性フェリスは地下組織に属し活動します。 リリーは四児をもうけながら、真の愛を求めている母親でした。リリーの夫は軍人で前線に派遣されています。リリーは困っている人たちを助けたりしますが、そんなリリーの家にユダヤ人であることを隠したフェリスが来ます。 迫害と連夜の空襲という危険にもかかわらず、二人の間に愛が育っていきます。 ゲシュタポはフェリスを追っています。1944年8月の暑い日に、リリーとフェリスは自転車で川に泳ぎに行きます。しかし、ゲシュタポはリリーのアパートで待っています…  

[2006年11月1日]

HINEINI (Hebrew for “Here I Am”): COMING OUT IN A JEWISH HIGH SCHOOL
(「私はここよ」ユダヤ人高校でのカミングアウト:アメリカ、2005年)

  
Shulamit Izen(シュラミット・アイゼン)は、9年生(中3)で自分がレスビアンであることを知っていました。彼女はユダヤ人の高校に通っています。しかしそこで、彼女のセクシュアリティのため Shulamit は学校管理者と、彼女自身の目から言うと宗教のため、気まずくなりました。彼女を支えてきたユダヤ教を諦めるよりも、むしろ、Shulamitは、ユダヤ人であり、同性愛者であり、そして、「聖なる」探索においてのユダヤ人の行動―もしそういうものがあったとしてーーに疑問を持ちました。校長は、驚いたことに、受け入れてくれません。その結果、この自信があって、カリスマ的な若い女性と、他の生徒と、管理者との間に劇的な衝突が始まります。 しかし、Shulamitの勇気はまた、3人の教師がカミングアウトに向き合うなどのドミノ効果を引き起こします。Irena Fayngold監督は学校でのこの記録の撮影を禁止されました。しかし、Shulamitのまじめさと信念は無視できなくフィルムを強行します。 HINEINIは伝統と多元論を受け入れるユダヤ人社会の試みを記録にとどめたドキュメンタリー映画です。 <<2006シアトルレズビアン&ゲイ映画祭より>>

この映画を見て、高校生のシュラミットが示す勇気に、勇気づけられました。
[2006年10月28日]

Brokeback Mountain(ブロークバック・マウンテン:アメリカ、2005年)

    

 1963年の夏、エニス・デルマーとジャック・ツイストは、ワイオミングで羊飼いの仕事を見つけ、出会います。そこで二人は毎日羊の世話に追われるうちに、恋におちいります。しかし二人はその仕事が終わるとそれぞれの生活に帰り、それぞれ結婚して子どもももうけます。しかし、その後二人ははがきを出しあい、一年に一度ぐらい「釣り旅行」と称してブロークバック・マウンテンで逢引をします。
  アン・リー監督は「セックスシーンよりキスシーンのほうがもっと意味を持つ」というコメントをしていましたが、そのシーンを妻に見られたエニスは離婚します。そして働き、子どものサポートをし、一人で生きていきます。
  ジャックは、自分の「遊び」がばれたとき、エニスに「一緒に生活できないか」ともちかけますが、エニスは子どものとき、なぐられ、殺されている男性を見たことがあり、それを一緒にいた父親がいい言葉では言わなかったことを覚えていて、受け入れてもらえない現実を身をもって感じているので、そうしようという勇気がありません。
 二人のブロークバック・マウンテンでの逢瀬はジャックが死ぬまで20年間続きます。彼の死によって初めてエニスは後悔します。
 ジャックの封建的な下層階級の父親、(子どものしつけの場面で)一言も言葉を発しなかった母親、嫌でも別れられない結婚生活などの不自由さをみると、その時代背景がかわってきていることに気づかされます。つまり、すぐ離婚再婚したエニスの妻は、自由な生き方の選択ができるようになった一つの明しです。しかし、エニスが自由な生き方を選ぶことはできなく、美しいブロークバック・マウンテンは自由の象徴として描かれていると言えます。人一人が生きにくい世の中は誰もが生きにくい社会かもしれません。これは、みんなが住みやすい社会を作るために発せられた、一つの課題とも言えます。
 けれどその中で変らないことは、「人が人を好きになる」ということです。セクシュアリティが何であれ、人が人を好きなるということにはかわりなく、すてきなことであるという印象を受けること、請け合いです。
 歳に少し無理はあるものの、主役の二人、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンハールがぴったりはまり役。ヒースは最初ジャックの役をオファーされ「自分はエニスならどう演じたらいいかわかる」とことわったらしく、その後、エニス役がオファーされて引き受けたそうです。私は原作も読みましたが、映画はかなり原作に忠実に作ってあります。原作を読むと映画にがっかりするほうが多いのですが、これはそうではありませんでした。アカデミー監督賞、ゴールデングローブ作品賞および監督賞など、数々の映画祭で賞をたくさん取った作品。
[2006年10月17日]

 私はこの映画を特にストレートの人(異性愛者)に見てほしい。そして(1)人を好きになるということに同性愛者も異性愛者も差はないということ、(2)ホモフォビアが同性愛者が自然に生きることを妨げ、権利を奪い(3)ひいては、結婚においてストレートの人をも不幸にしている、ということに気付いてほしいです。そう気が付けばおのずと自分が、社会がどうすればいいかということは、わかるはずです。ただ、見て単に「かわいそう」で終ってしまっては何にもなりません。
[2008年1月17日]

 この映画でエニス役を演じたヒース・レジャー(28歳、オーストラリア出身)が08年1月22日NYCのアパートの部屋で亡くなっているのがわかりました。原因はまだ公式に発表されていませんが、睡眠薬(か精神安定剤)の誤用とみられています。(ニュース:Advocate New York Times Advocate )彼はこの映画で妻役を演じたミッシェルと婚約していましたが、娘(現在2歳)をもうけたあと、去年婚約を解消しています。彼はハリウッドに住まず、NYCに住み普通の生活をしようとしたことで、いろいろなタイプの役を演じた「性格俳優」として人気がありました。NYCのアパートの玄関にはファンから多くの花が捧げられています。アドボケイト誌に06年1月のインタビュー(英語)や監督とプロデューサーのコメントが載っています。
[2008年1月24日]

Transamerica  ( トランスアメリカ:アメリカ、2005年)

  

 ブリーはMtF(男性から女性)のトランスジェンダー。SRS(手術)が受けられるように二つの仕事をこなし、節約して暮しています。しかしある日、彼女はある電話を受け驚きます。それはトビー、何年も前に彼女が男性であった時にもうけた、息子からでした。トビーはニューヨークの拘置所から電話してきたのです。ブリーは、そこから少年を受け出すためにロサンゼルスからニューヨークに飛びます。 初め彼女はそうすることが、気が重かったのですが、彼女のセラピストは、彼女に真正面から取り組むように彼女を説得します。トビーは何の説明もないまま彼女に引き渡されたので、ブリーはクリスチャンの宣教師であると信じています。ブリーは誤解を解決する理由が見つからなかったので、そのままにし、車を買って二人で旅をすることにします。まずトビーの里親(男性)をたずねますが、そこでわかったことは、彼が性的虐待者であることでした。そこを去って、ドライブを続けるうちに、拾って乗せた若い男性に車を盗まれます。困った二人はある酒場に入ります。そこで・・・・。その後今度は長く会っていないブリーの両親をたずねます。そこでまた、ハップニング。ブリーが元父親であることを知ったトビー は、彼女から逃れて、ロサンゼルスまでヒッチハイクしようとします。彼を追いかけたブリーは一緒に西海岸に行くように彼を説得し、彼は受け入れます。ロサンゼルスに戻ったブリーはまた一生懸命働きます。そんな彼女のところに、トビーがたずねてきて、近況を報告します。

女優のフェリシティ・ホフマンがブリーを演じてゴールデン・グローブ女優賞を得ました。

[2006年10月15日]

素顔の私をみつめて・・・ ( Saving Face :アメリカ、2004年)

 

 28歳のウィルは中国人二世。面倒な付合いのあるNYの中国人コミュニティでは当然レズビアンということは秘密。 女手一つで育ててくれた母にはカムアウトしたけど、今も結婚を勧めてくる…。ある日その母がウィルの家に荷物を持って転がり込んできた。 「私、妊娠したの…」ってお母さん!母との奇妙な共同生活、ダンサー・ヴィヴィアンとの新しい恋…ウィルの人生は急展開!

<<2006関西クイア映画祭&東京L&G映画祭より>> コネクションがよければ、これで見えるはず・・・

ベア・パパ (Bear Cub :スペイン、2004年)

歯科医のペドロは、地位あり、金あり、遊び相手複数ありのお気楽独り身ゲイ生活を楽しんでいた。ところがある日、2週間の約束で、9歳の甥ベルナルドを預かることになってしまってさあ大変。今までの自分本位の生活を一変させ「良き保護者」になろうと奮闘するペドロ。それとは対照的に、超自然体のベルナルド。そんな2人の不思議な共同生活が始まって・・・。ペドロとベルナルドの交流を軸に、家族、恋人、友人とカタチは様々ながらも人と人との絆をあらためて感じさせてくれる、ハートフルな愛情物語。本場スペインで大ヒットし、ベルリンやNYなど世界各地の映画祭でも上映されて話題を呼んだ。

<<2005東京L&G映画祭より>>

ワイルド・サマー(Slutty Summer:アメリカ、2004年) 

ニューヨークに住むライター志望のマーカスは、同棲中の恋人の浮気が発覚して、一転シングルになってしまう。傷心の彼だったが、バイト先のレストランに集うゲイ仲間たちに「そんな時は気楽なセックスが一番!」と勧められ、今まで縁のなかったワンナイト・ラブを試してみることに・・・。ボディ・コンシャスなNYゲイたちによる、セックスや恋愛に関するビッチなトーク満載で贈る、真夏にぴったりのゲイ版『セックス&シティ』。  
 
<<2005関西クイア映画祭&東京L&G映画祭より>>

タッチ・オブ・ピンク(Touch of Pink :カナダ&イギリス、2004) 

   
ロンドンで恋人とクラスインド系二世のアリム。仕事も恋も順調な彼だが、、それはなんと、往年の名優、ケーリー・グラントの幽霊のおかげだった。そんな秘密を持つアリムに、ある日、息子がゲイと知らない母が、結婚をせかしにやって来て、さあ大変。英国風コメディーに、エスニックなスパイスを効かせた極上のエンターテイメント。
    
<<2005関西クイア映画祭&東京L&G映画祭より>>

ユー・アイ・ラブ(You I Love:  ロシア、2003年)

モスクワで外資系企業に勤めるティモフィーとニュースキャスターのヴェラ。ふとしたきっかけで恋に堕ちた二人。理想的なカップルの前に、田舎から出てきたばかりの少年、ウルムジがとある事故をきっかけに現れる。彼の不思議な魅力にどんどん囚われるティモフィー。さて3人の関係は何処へいくのか? 今話題のロシア映画の中でもとびきりスタイリシュに描かれた作品。

<<2006関西クイア映画祭&東京L&G映画祭より>>

ラターデイズ (Latter Days:アメリカ、2003年)

一夜限りの、お遊び放題なクリスチャン。そんな彼の部屋の向かいに、モルモン教徒の青年の一団が引っ越してくる。早速その中から目を付けた一人アーロン・デイビスを堕としてみせると仲間に宣言。アタックを開始するも、純真な彼に次第に本気に惹かれていき、またアーロンもクリスチャンに思いを寄せはじめるが…。 セクシャリティと信仰、家族と属する社会の間で悩むアーロンが見つけた答えとは。

<<2006関西クイア映画祭&東京L&G映画祭より>>

アリサン!(Arisan!: インドネシア、2003年)

足繁くジムに通い、自分磨きに励むサクティ。デザイン・オフイスで働く彼にある日突然舞い込んできた仕事の依頼主は、なんとサクティがジムでいつも見かける、心ときめく相手だった。保守的な母親のためにストレートでいようと自己暗示をかけるサクティだが、あこがれの彼もなかなか諦められない。そのうち、サクティの女友だちまでもが絡んできて、恋の行方は複雑な三角関係に! 果たしてサクティは、自分自身と周囲へ無事にカミングアウトすることができるのか!?

<<2005関西クイア映画祭&東京L&G映画祭より>>

愉快なフェリックス(The Adventures of Felix: フランス、2000年)

フェリックス(注:彼はアラブ系マイノリティ)はノルマンディーの港町で恋人のダニエルと暮している。ある日、フェリックスはまだ見ぬ父から届いた母宛の手紙を発見してしまう。そのことをきっかけに、父に会おうと、マルセイユまでヒッチハイクをはじめる。道中に遭遇する数々のトラブルや、すばらしい出会い。父に会うための旅の果てに彼が見つけたものとは・・・。ホモセクシュアル、HIVポジティブ、人種差別など、深刻なテーマを扱いながらも、ひとつひとつのエピソードが爽やかに描写された秀作。ベルリン国際映画祭審査員賞受賞。 

<<2003東京L&G映画祭より>>

High Art  (ハイ・アーツ:カナダ&アメリカ、1998年)

これは法律で禁止されているドラッグをやる場面が多くあるので、「親の判断」が必要ということで、すんなりテレビセットで見るわけにはいかず(コードをセットするのが面倒で)、ラップトップで見ました。(便利な時代です!!)

『フレーム』という小さい雑誌の編集者インターンをしているシドは、ボーイフレンドのジェームズとアパートに住んでいます。ある日、上の階から水が漏れてきて、彼女はその部屋をノックします。そこは彼女にとって「異様な雰囲気」でしたが、彼女は水漏れの応急手当をします。しかしそこで彼女は飾ってある写真に目を引かれ、部屋の主ルーシーの写真を褒めます。ルーシーの写真の対象は彼女の友人、家族、生活でした。仕事先でシドは見た写真を熱心に推薦します。上役は、写真集を持ってくるように言います。そしてシドは、再度ルーシーの部屋を訪ね、彼女に新しい写真集を出すことをすすめます。ルーシーはシドに古い写真集を渡します。(ルーシーは10年前名前の売れた写真家でした。)ルーシーはドイツから連れてきたガールフレンドのグレタと住んでいますが、そこに他の仲間がよくやってきてドラッグとアルコールに溺れています。シドに会ってルーシーはそこから抜け出したい気持ちを示します。シドはルーシーに魅かれ、ルーシーはシドの写真を撮ります。(ジェームズはそんな彼女から離れていきます。)写真は上役にも気に入られ、成功しますが・・・・。

シド役のRadha Mitchellは正面から見るとそんなに美人とは思いませんが、上記のタイトルの写真のように、映す位置によってとてもきれいに撮られています。写真やシーンを注意深く見るのもこの映画の楽しみ。

ルーシーはナン・ゴールディンNan Goldinという実在の写真家をモデルにしているそうです。

Giorni  (“Days,” 日々:イタリア、2001年)

どういう生き方を選ぶのか・・・という問題提起の映画。この映画を見て、いろいろな選択の決定にはその個人が経験してきた人間関係(特に家族との関係)が大きく影響していると感じました。

クローディオは35歳の銀行のマネージャー。10年間HIV陽性で、彼の日常は、薬を飲むこと、月々の病院検診、銀行での仕事、恋人ダリオとの長年の関係、を判で押したようにきちんとしていました。きちんとしている彼は母親の信望も厚く、「バッド・ガール」で母親とうまくやっていけない姉(妹?)とも批判的でなくうまく付きあっています。薬を飲むシーンが多く、それは彼の几帳面さをよく表しています。(几帳面という言い方は肯定的、悪く言えば、無感情で鷹揚性がない。)しかし彼はそういった日常に何か満足のいかないものを感じていました。そんなとき、レストランのウエイターをしている、ハンサムでスイートなアンドレアに会います。アンドレアは一緒に住みたいという希望を持っていても、クローディオに愛以外何も求めません。クローディオがHIV陽性を告白したにもかかわらず、安全なセックスには関心がありません。そして、クローディオもそれに引きずられていきます。それが「きちんと薬を飲まないシーン」「きちんと医者に行かないシーン」「きちんと銀行で仕事しないシーン」になって現われてきます。しかし、最後はクローディオはアンドレアの気持ちに応えることもなく一人になるシーンで終わるので、HIV陽性を移されたかもしれないアンドレアの立場になって見ると、とても「空しさ」を感じました。クローディオは恋人ダリオを裏切り、所詮自分しか愛せない人なのかもしれません。L’Homme Que J’Aimeという以下の暖かいフランス映画とは対照的です。

[2006年08月18日]

L’Homme Que J’Aime  (“The Man I love,” 僕の愛する彼:フランスTV映画、1997年)

       
フランスならではのロマンチックな暖かい、初恋物語。フランスに住んだことがあるアメリカ人の一人はアメリカでは考えられないと言っています。
リュカ(彼はストレートということになっている)は水泳とダイビングが得意でプールで働き始めます。そこで働いていたのが、マルタン。マルタンはリュカに関心を持ち、ゲイであることをカミングアウトして、積極的にリュカに近づきます。リュカは一緒に住んでいる女性のパートナー、リーザもいて困惑していましたが、だんだんマルタンのことが気になり始めます。そして、リュカもマルタンと話すようになります。しかし、ある日、・・・・話の続きを知りたい方はこちらへ。

リュカ(Jean-Michel Portal)もマルタン(Marcial Di Fonzo Bo)もそれぞれ役に合った演技でとてもキュート。 マルタンと彼の母親の関係も肯定的、支持的に描かれています。

[2006年08月16日]

Sugar (シュガー: アメリカ、2004年) 

これはゲイのストリート・キッズの恋愛、生活、死を描いた悲しい話です。「反面教師」的な映画。
クリフは母と妹と一緒に住んでいます。 彼は18歳になる、自分の誕生日の前夜、ゲイのたわむれるストリートに行き、そこでハスラー(ペテン師)のブッチに会います。クリフはブッチを愛するようになりますが、ブッチは、クリフが今まで知らなかった世界(ドラッグ、セックス、売春)へ連れていきます。しかし、クリフはそういう世界にすぐはまることはなく、ある時ある事件をきっかけにブッチから離れていきます。

母も妹もクリフを愛するいい家族です。母はブッチに会った時、クリフのことを心配していることを告げます。妹はブッチのことをも気にかけたり、一緒にいるときクリフが誰か気になる相手を見つけると、けしかけたりするような妹です。家族とのいい関係というのは、人の一生において決定的なものだと思います。クリフが心を残しながらもブッチから離れるのは、こうした彼をサポートする家族がいることも一つの要因でしょう。

最後はドラッグに溺れているブッチの死で終わりますが、考えさせられることがいっぱいある映画です。アメリカのゲイの間ではクリスタル・メスというドラッグが問題になっていますが、日本ではどうでしょうか。ドラッグを始めると、それを手に入れるためにお金がいる、お金のために売春をする、そして、心身の健康を失って行くという状況に陥りやすいようです。家族やみんなから見放されたゲイの子どもは、こういう一生をたどらざるを得ないことも多いのです。家族の愛とサポートは必須です。<<2005年東京L&G映画祭でも上映されました。>>

[2006年07月23日]

Amour de Femme  (アムール・デ・フェム:フランス、2001年)

日本語では「女性の愛」でしょうか。
ジャンヌは7歳の子どもと夫とパリに住む35歳のすてきな女性。(ホント、Helene Fillieresは、きれいでスタイルもいい。すごく背が高い!)ある夜、夫ディビッドの友人フランクのバースデーパーティに行きます。そこでフランクのいとこだというダンス教師、マリーに会います。二人は魅かれあい踊ります。その後、ジャンヌはダンスのクラスを取り、二人は電話で話したり、会ったりします。ジャンヌは自分のそういった気持ちや行動に最初戸惑いますが、マリーに魅かれる気持ちを抑えることはできません。彼女は夫にそれを隠すつもりはなく、マリーに会うようになってから態度が変ったジャンヌに「何か自分が悪いことをしたか」と何度も聞くディビッドに真実を告げます。そこで彼はどちらかを選ぶようにジャンヌに迫ります。子どものことを考えたジャンヌはデイビッドを選びますが、二人の関係はうまくいきません。セックスの場面で行動的になったジャンヌに、ディビッドは・・・・。ここは、夫は妻を「征服する」あるいは「主導権をとる」ことで自分が「主人である」「ジェンダーが男である」ということを意識するのか、その逆は妻とではできないのか・・・と思わせる場面でした。そして、ジャンヌは自分の決定が間違っていたことを悟ります。

マリーは自分でもそう言いますが、強くて自分をしっかり生きている、すてきな人でした。

中山可穂さんの小説を読んだみたいな気分になった一編。

[2006年07月23日]

藍色大門 Blue Gate Crossing(ブルー・ゲイト・クロシング:台湾、2002年)

二人の女子高生、Meng KerouとLin Yuezhenが体育の授業の合間に休みながら「どんな男の子がいいか」などと話し合っています。その後日Lin Yuezhenは自分が好きなのはZhang ShihaoだとMeng Kerouに告白します。彼女は彼の持ち物ーーバスケット・ボール、シューズ、ウオーター・ボトルを盗み?集めるほど彼にあこがれています。Meng Kerouはそんな彼女を見守り助けます。

ある夜、Lin Yuezhenは彼はプールで泳いでいるから、そこで彼にガールフレンドがいるかどうか聞いてほしいとMeng Kerouに頼み、一緒に行きます。静かで暗いプールの外で、彼に聞こえるようにMeng Kerouは「ガールフレンドがいるかどうかあなたのことを知りたがっている女の子がいる」と何回か叫びます。そして、一人で出て行って、彼に質問します。彼はもちろん誰が知りたがっているのか聞きます。Meng KerouはLin Yuezhenを呼びますが、彼女はいなかったので、彼はMeng Kerou自身が彼に興味があるのだろうと勝手に想像し、彼女に関心を持つようになります・・・

この映画には取り立てて面白いあらすじも大きな事件もありません。筋は単純ですが、性的指向を問題にすることなく、暖かい「情」を感じ、信頼関係を育てていく主演の二人に好感が持て、彼らの好演に惹きつけられること請け合いです。

Zhang ShihaoのMeng Kerouに対する恋がほほえましく、また相手を思いやる態度がさわやかで理想的で、映画の話ですが、これが友情として実ることを祈らずにはいられないような感じでした。また、Meng Kerouの困惑も描かれています。これはティーンが成長の過程で行き当たる初恋の悩みと「友情」をこうあればいいなという感じで扱っているので、ストレート、ゲイを問わず中学生、高校生、学校の先生に見てほしい映画です。同性に限らず異性、違うジェンダー、違う年齢の人と性愛抜きで真の友情を築くのもお互い学べるところもあって人間的成長を助けるし、悪くありませんよというのも私の言いたいことの一つです。

ーーあらすじの続きーー

[2005年3月26日]

17歳的天空: Formula 17 (フォーミュラー17: 台湾、2004年 )

これはゲイの男の子の初恋が実る話です。登場人物はほとんどゲイなのですが、純真で、友情も描いたコミカルな映画で、おすすめです。最近(2006年春?)「僕の恋、彼の秘密」という題で日本でも公開されたようです。

周小天は時々夢を見ます。その夢は自分とボーイフレンドが一緒にプールで泳いでいる夢ですが、そのボーイフレンドが誰かは定かではありません。彼はメールを交わしている男の子と会うために田舎から台北市に出てきます。そこで会った相手はセックスをしようと誘うのですが、「セックスは恋愛をした上でするもの」と信じている周小天は、簡単に相手について行きません。

それから彼は昔の知り合い、小字が働いているゲイクラブに彼をたずねて行きます。そこで周小天はプレーボーイだとうわさされているハンサムでかっこいい、ビジネスマンの白鐵男に会います。小字にいろいろ質問されて、周小天がバージンであることが暴露され、そこにいるみんなが注目し拍手をします。白鐵男も周小天を見ます。そのクラブで二人はお互いを意識します。小天は、白鐵男は昔恋をして捨てられた経験があるために、今度は付き合った男の子をみんなふっているのだと言います。

これは若いゲイの一つの理想的な恋愛を描いたすてきな映画です。若くてもきちんと自分の考えを持ち、周りに流されることなく、自分の考えを実行する周小天の態度は、ゲイ、ストレートを問わず、若い人たちに突きつけられている課題の一つではないでしょうか 。

ーーーあらすじの続きーーー

[2005年02月11日、2006年7月23日変更]

Beautiful Thing (美しいこと: イギリス、1996年)

 

これは最近の映画というわけではありませんが、日本に置き換えると内容が合わないというわけでもなさそうなので、紹介します。ロンドンに住んでいる高校生の初恋、カムアウトの物語です。アメリカ英語に慣れると、イギリス英語というのはわかりにくくて、これはサイトも参考にしました。日本人にはアメリカ英語より、イギリス英語のほうが基本的にはわかりやすいんじゃないかと感じるのですが、「慣れ」というのはこわいですね。

ジェイミーは学校でフットボールなどのスポーツに興味が持てず、ほかの男の子たちにからかわれ、家に帰ったりします。それをなんとなく心配そうに見ているのがステです。実はジェイミーとステは同じアパートの隣に住んでいます。ジェイミーは母親(サンドラ)と、ステは父親と兄と一緒に住んでいるのですが、ステは彼らに暴力を受けていて体にあざがたえません。サンドラは夜パブで働いていて、ちょっとヒッピーなボーイフレンド(トニー)も家にいたりしますが、ジェイミーを愛し、彼の生活を気にかけています。隣には酒とドラッグにおぼれ、いつも歌を歌ったり、大きな音で音楽を鳴らし近所迷惑な黒人のリアと母親も住んでいます。

ジェイミーは小さな本屋でゲイ雑誌を見つけ、レジの人がいなくなった隙に取って持って帰ります。ある日暴力を受けたステをサンドラがかわいそうに思い、自分のアパートに入れてやります。ステはジェイミーの部屋に泊まり、そこで二人はお互いを意識しはじめ、行き来するうちに関係をもちます。ジェイミーはステにもゲイ雑誌を見せ、ベッドの下に隠します。しかし、朝ステがこっそりジェイミーの家から帰るところを見た(多分)リアが不審に思い、サンドラに電話をし、サンドラはジェイミーのゲイ雑誌を見つけます。サンドラはジェイミーのカムアウトに苦しみながらも受け容れます。事実を知ったトニーもジェイミーがゲイであることは気にしません。トニーは正気でないリアを助けたりするのですが、サンドラは自分のパブを持ちたいためにトニーと別れます。

ゲイ雑誌からの情報をもとに、ジェイミーはステを誘ってゲイバーに行ったり、積極的になります。ステがそうでないのは、父や兄を恐れているせいもあるでしょう。最後はアパートの広場でジェイミーが誘いステと抱き合ってダンスをする場面で終わりますが、みんなが見ている中で、サンドラもそれに加わり、リアと踊ります。ジェイミーとステの将来は簡単でなくとも、このお母さんがいる限り守られて何とかなるんじゃないかという希望がもてる最後でした。初恋が実ったスイートな映画です。 コネクションがよければ英語ですが、これで見えるはず・・・

[2005年01月25日]

Kinsey (キンジー: アメリカ、2004年)

キンゼイ(英語ではキンジーと発音します。キンゼイと言うとわかってもらえません)という映画を友人と見ました。とても面白かったです。オスカーにもノミネートされ、ほかにも11の賞をとっています。

恋愛、性愛、結婚、パートナーシップ、父子関係、個人の感情、ゲイ、ストレート、モラル、時代、宗教、社会など、いろいろな方面から考えても、その中の一つから考えても、愛と性と人間関係には「正しい答え」が出ないところへ行き着くと思いました。つまり自分で考えて選び決定していくしかないという答えです。

キンゼイは多様性を示し、悩んでいる人を助けるために調査を続けようとしますが、最後の方で資金援助をことわられ、悩みます。そういう時に、一人のレズビアンの中年女性がキンゼイの調査によって「助けられた」とやってきます。キンゼイの仕事の一面はそういう肯定的な生き方の選択や決定ができるための情報源だったとも言えますが、それで助けられたレズビアンもいれば、人間関係をこわしたキンゼイの研究協力者もいます。

どんな情報にしても「自分で考え選び判断し決定していく」という能力を備えることが大事だということ。情報が非科学的であればあるほど、情報が氾濫すればするほど、それは必須になってくる能力です。しかしその能力は個人が育った環境、社会、文化によって大きく左右されます。

この情報が氾濫している時代に、情報を選択し自己決定するというのは特に若い人たちには難しいかもしれません。それには、自分がこうありたいというモデルを見つけること、それを見つけたらそういう生き方をしてみることが「ことはじめ」かもしれません。おとながしなくてはいけないことは人間として「いいモデル」を示すことですね。

私はキンゼイの本、まだ読んでいません。これも読んでみないと・・・。

Posted by Keiko Ofuji (1-25-’05)

The Truth About Jane (ジェーンの真実: 2000年、アメリカTVドラマ)

この映画をテレビでたまたま見ました。
高校生のジェーンが同級生の女の子に魅かれてレズビアンであることを自認するのですが、(いつもけんかして不満を持っているらしい)弟がそれをあばいたため学校で知られ、両親にも言うことになります。父親は比較的受け入れようとしますが、家族ぐるみでつきあっているゲイの友人がいるにもかかわらず、自分の責任ではないかと感じた母親がJaneを受け入れず、親子関係が変になります。

ジェーンは相手の女の子にも「初めてだからそう思っているだけだ」と言われてしかたなく別れ、それは親のせいだと思ってゲイ・ディスコに一人で行って飲んだりして、両親に叱られます。

学校では蔑称 derogatory words を言われたりします。が、先生の一人がレズビアンであることをジェーンに告白し、助けます。プライドパレード(というより外での集会)も最後にあります。最後は、ジェーンに関心を持っていた男の子とも友達になったり、親子関係はめでたしで終わります。日本とは状況は違うと思いますが、悩んでいる若い人たち、GLBTの子どもをもつ親にはいい映画だと思います。

この映画はマシュー・シェパードに捧げられています。

アマゾンで買えます。
<http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/B000062Y1E?v=glance>

Posted by Keiko Ofuji (1-25-’05)

Scout’s Honor (スカウトの名誉: 2001年、アメリカ、ドキュメンタリー)


監督:Thomas Shepard(トーマス・シェパード)
受賞:2001年サンダンス映画祭 ベスト・ドキュメンタリー&表現の自由賞

このドキュメンタリーは12歳(から高校生ぐらいまで)のスカウト・メンバーのスティーブン・コーザと70歳のスカウト・マスターのデイビッド・ライス (どちらもゲイではない)がスカウトの反ゲイ政策打倒のために「Scouting for All(スカウトをすべての人々に)」という運動を起こした動機、その活動、いろいろな人々のインタビューを主に記録したものです。

コーザとライスは、ボーイスカウト74分隊が存在するカリフォルニア州のペタルマという小さい町に住んでいます。そこは創設者の日パレード、教会のキャ ンプ、家族でいっぱいの夏、献身的なスカウトといった「小さい町の伝統」に固執する地域柄です。

70代のライスはスカウトのメンバーとして、またリーダーとして多くの心温まる思い出をもっています。しかし、スカウトがゲイを締め出すなどそのゴール と矛盾したことを宣言したとき、彼は自身の良心と闘い始めます。彼の道徳的な不安は、12歳のコーザの「Scouting for All」という運動に参加することで、活動に変わります。
このドキュメンタリーはスティーブン・コーザについての感動するストーリーで注目に値し、また題が示す通りスカウトの名誉とは何かも問われています。

教会のキャンプでのコーザの尊敬するカウンセラーがゲイのため解雇されたことは、人間性の次元の問題で、コーザの心底からの正義感を侵すものでした。『皮肉なことに、彼が学んだスカウトでの教義は、すべての人々の権利を掲示し、偏見を持たず、人間関係において正直でオープンであるようにという彼が感動するものでした。若い人たちがアメリカの構造に不満を持っている時代に、これはすばらしい理想をかかげ、動議の範囲を活動に結びつけ進展させたた、次代をになう若者の一つの例で、それはボーイスカウトからきたものとも言えます。』(監督のシェパードのコメント)

コーザの家族はアシスタント・スカウト・マスターをしている(2年で解雇されるが)父と、母、妹で、両親はみんなにフェアにと子どもに教えて育て、家族はみんな彼を支援します。スティーブンは1998年7年生(中一)で署名運動をしたのをはじめ、サンフランシスコのゲイ・フリーダム・デイでは「Scouting for All」というプラカードを持って行進します。(ライスもそこに参加しています。)またペタルマの街でのマーチでもこのプラカードを持って歩きます。そ の後ニューヨーク市でも街頭に立ち、署名運動をします。

彼はラジオのトークショーで「4~6年生のとき、どうしてゲイがリーダーになれないのか想像できなかった。ショックだった。それで闘うことにした。」と言っていますし、「ゲイであることはノーマルだ。ノーマルでないのはゲイに対する差別だ」「追放をおそれてゲイは沈黙を守っている。それはまちがっている」とも言っています。
家にも脅かしの電話がかかってきて、警察は彼と家族に忠告をしますが、彼は活動をやめることはありませんでした。彼を支持し協力してくれる友人もいました。彼は2001年ゲイの権利集会(Gay Rights Rally)でも短い演説をしています。彼はイーグル・スカウトをもらった時、両親などが用意したと思われる非伝統的な式で、友人や知り合いが彼におくる賛辞と感謝のコメントにほろりとします。

その後、彼は妹の協力も得て、自分の高校にGSA(gay straight alliance)を設置しました。彼の正義感、勇気、活動、行動は本当に心温まり、感動するもので、ゲイ、ストレートを問わず若い人たちのロールモデル(手本)になると思います。そして、大人にももちろん自分の姿勢を問うてほしいと言えます。

ほかにこのドキュメンタリーには、ティム・カラン、ジェームズ・デイルというスカウトを追われて訴訟を起こした二人のゲイのインタビューもあります。カランはスカウトのゲイに対する政策に反対して訴え、1981年に敗訴しました。(カランは03年にベイツ大学に来ましたが、映画を見た後の質疑応答だけだったし、残念ながら「訴訟のこと」と言う以外に細かいことは何を話したか覚えていません。ビデオの感じそのままでした。)

また、デイルは1991年8月ニュージャージー州の最高裁では勝訴し たにもかかわらず、その後2000年6月合衆国最高裁の判決で5対4で敗訴しました。(注:合衆国最高裁の判事は空きができたとき、その時の大統領に任命されるので、誰が大統領になるかで大きな波紋を呼ぶ。今は特にブッシュ大統領が「異性間の結婚」を合衆国憲法に盛り込もうとしているため、ゲイにとっては注目される点。任官期間の制限はない。)
ボーイスカウトがカムアウトしているゲイのメンバーを締め出す権利があるというアメリカ合衆国最高裁の判決は、多くの人に支持されていますが、一方では、人々は、スカウトの伝統に長くかかわってきたり、尊敬を受けている人たちが締め出されるのを嘆いています。

ちなみに、70代のデイビッド・ライスはテキサスのスカウトの本隊から解雇の手紙を受け取ります。理由はもちろん「Scouting for All」の運動のためです。彼は「その時初めて、本当にティムの気持ちが理解できた」と言っています。カランは「自分が敗訴した影響だろう。この影響はスティーブンにも影響するだろう。」とコメントしています。これは、デイルのニュージャージーでの勝訴の前で、デイルの勝訴の後、カランは「デイルは自分のヒーローだ。」とコメントしています。

最後に「Scouting for All」の運動のため、デイビッド・ライスも、スティーブン・コーザも彼の家族も「つけを払わなくてはならなかった」と言えますが、それでも彼らは自分が正しいと信じる生き方を貫いていく勇気を示しています。あなたはそういう勇気が出せるでしょうか。この映画を見てそういう勇気をもらってください。

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*参考:http://www.newday.com/reviews/ScoutsHonorREV.html
*このドキュメンタリーのビデオが買えるところ。
Scout’s Honor
1679 Church Street
San Francisco, CA 94131
U.S.A.
<www.scouts-honor.com>

Posted by Keiko Ofuji (1-25-’05)