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Dream

私の夢
                         ルーシー・ルー’01(日本語2年生)

 私が子供の時、家ぞくは両親のしごとの宿しゃに住んでいました。両親はゴアン・ジョウぼうえき大学で英語の先生をしていました。そこで、時々ぼうえきにきょうみがあった人々が見学に来ました。一回、外国からある家ぞくがクリスという男の子をつれて来ました。母がその男の子に会った後、私に会わせました。クリスくんははじめに中国語で話したので、私はびっくりしました。どうしてクリスくんは中国語が上手なのかと聞きました。クリスくんは大学に来る前に、北京にもう二年ぐらい住んだとせつめいしました。私は彼の話を聞いて、クリスくんはどの国の人かと聞きました。彼はアメリカ人で家ぞくといっしょに中国へ来ました。ご両親はりょ行が好きなのですが、アジアに来たことがないので、クリスくんはいっしょに来ることにきめたそうです。中国語と文化を学ぶために、二年間ここに住むのはいいことだと思いました。
 クリスくんによると、外国にりょ行をするのはとてもおもしろいそうです。それは、いろいろな人々がんさつできるし、楽しいからだそうです。私はその時から、外国に行ってその国の文化がしりたいと思うようになりました。でも中国から外国に行くことはむずかしかったです。その時知っている近所の友だちが五年もパスポートをもらうのを待っていました。こううんでなかったら、外国に行けないと思いました。
 いつもぼうえき大学を思い出すと、クリスくんを思い出します。今、私はアメリカにもう7年住んでいます。夢がほんとうになりました。でも、クリスくんが今どこにいるか分からないのが、ざんねんです。
 私のしょう来の目ひょうは医学の研究者です。本とうに医者になるかどうかまだ分かりません。両親は今から十年内に仕事をやめるつもりなので、私はいいしごとを持たなくてはならないと思います。自分の家ぞくもほしいんですが、時間がたくさんあるので、これはしょう来のことだと思っています。

私のゆめ
                      カミラ・ブルックス ’00(日本語2年生)

 私は子どもの時、ダンサーになりたいと思っていました。五さいから十八さいまで、私はモダンダンスのクラスをとりました。ダンスが大好きでした。いつもは一週間に二回クラスへ行きましたが、ダンスのはっぴょう会の前には、一週間に四回クラスがありました。ダンスのはっぴょう会は毎年5月にありました。ほんとうにたのしかったです。私はダンスが好きなので、毎日学校から家に帰るとダンスをしたり、五時にテレビで「FAME」を見たりしました。
 でも、私は十九さいになった時、ダンスを止めました。おもしろくなくなったからです。今は、はっぴょう会を見に行くのが好きです。私の父もはっぴょう会を見に行くのが好きなのでいっしょに行きます。それは私と父の大切な時間になりました。
 今私は中国と日本に数年間住みたいと思っています。そこで英語を教えるなどのしごとをしたいのです。それが今の私のゆめです。

私のゆめ                     
     ナン・ヂン ’02(日本語2年生)

 子どもの時、私のゆめは小学校の先生になることでした。第一の理由は、子どもが大好きだからです。先生になると、学生がたくさんいるので、たいへんたのしいと思いました。毎日学校へ行って、教えてあげたり、いっしょにほかのことをしたりできます。第二の理由は私の先生はみんなが親切だったからです。それで、私もそのような親切な先生になりたいと思いました。
 でも、高校に入った後、私のゆめはかわりました。経済の問題にきょうみを持つようになりました。経済の本を読んだり、テレビのニュースを見たり、父とベトナムの経済について話したりしました。その時から、私のゆめは経済家になることでした。ベトナムはびんぼうな国なので、経済をはってんさせたいと思います。それで、今経済のじゅぎょうをとって、よく勉めています。


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